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熊本地方裁判所 昭和28年(ワ)323号 判決 1955年12月26日

原告 肥後製蝋株式会社

被告 溝口増次 外一五名

補助参加人 国

主文

別紙物件目録記載の各土地に生立する櫨木が各被告との関係に於て原告の所有であることを確認する。

訴訟費用中原告と被告等との間に生じた部分は被告等の負担とし、原告と補助参加人との間に生じた部分は補助参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め請求の原因として原告会社は明治三十年木蝋、油脂類、その他之に関連する化学製品の製造販売をその営業の目的として設立された会社であるところ右設立と同時に製蝋原料である櫨実の供給源を確保するため当時訴外細川護立の所有であつた別紙物件目録記載の土地を含む約三百町歩の土地に生立する櫨木全部の無償譲渡を受けると同時に櫨木の育成増植のため右土地全部に亘り地上権の設定を受けた、而して右地上権の存続期間は当初は三箇年、地代は年二百五十円と定め三年毎に期間を更新して来たが明治四十年一月中に期間を無期限とし地代は逐次増加し昭和二十一年より年二万円とし同二十三年度分迄は支払済みである。かくて原告会社は爾来櫨実増産のため櫨木の品種改良に努力し旧木には新種のつぎかえを施すと共に年年優良新品種の苗木を増植した結果全国屈指の模範櫨林となつたもので現在右三百町歩の地上に生立する櫨木はすべて原告会社が前記の如く細川から譲渡を受けたものと、その後原告が自ら権原に基き植栽したものとで原告の所有に属することは勿論である。

ところで本件土地を含む前記三百町歩の土地は既に久しい以前から被告等を含む現在の耕作人等又はその先代等に於ていわゆる木下耕作の名目の下に甘藷、野菜類の栽培に従事していたので原告が地上権を取得した後に於ても櫨木の育成、櫨実採取の妨害とならない限度に於て木下耕作は許していたが之等耕作者と土地所有者である訴外細川との間には以前はともかく原告が地上権を取得した後に於ては直接の小作関係の存しないことは勿論、地上権者である原告と耕作者間に於てもいわゆる「又小作」と称する転貸借関係は存在しなかつたもので、原告と耕作者等との関係は、原告は耕作人等に対し櫨木の育成、櫨実採取の妨害とならない限度に於て木下耕作を許容する代償として耕作人等は原告所有の櫨実を採取した上、毎年一定数量の櫨実を原告会社に納入し且つ原告の指定に従い櫨木の植栽手入を為すことなど労務の提供と木下耕作とが互に対価関係に立つ一種の無名契約が存在していたに過ぎない。然るに水俣市農地委員会は昭和二十三年七月中本件土地を含む前記三百町歩の土地を不在地主である細川の所有農地として買収並に売渡計画を樹立し之に基き熊本県知事桜井三郎は同年十二月二日原告の右地上権並に櫨木所有権を無視し、本件櫨木を土地と一体を為すものとして買収したうえこれを別紙物件目録記載のとおり被告等に売渡した。然しながら自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)により買収した農地に、土地所有者以外の者が所有する立木の存する場合これを買収するがためには同法第十五条による附帯買収以外に方法の存しないことは明白であるところ原告所有の本件櫨木は同条による附帯買収に適しないばかりでなく熊本県知事は同条に基く附帯買収を為したものでもないので本件櫨木の所有権は依然原告に存することは当然であるに拘らず被告等は同知事の前記売渡処分により本件櫨木の所有権は被告等に帰属したと称し原告の所有権を争うので、これが所有権の確認を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、

被告等並に参加人の答弁に対し原告の有する本件地上権につき未だ登記手続を経由していないこと並に本件櫨木が立木法による登記又は明認方法を施していないことは争わないが、立木法による登記又は明認方法を施してない樹木は独立して権利の客体となり得ず土地の構成部分として当然土地の処分行為に従うとの法律解釈には反対である。即ち右の如き公示方法を講じていない樹木の集団といえども、之を土地と別個に取引の対象としうることは勿論で又民法第百七十七条の規定は国が公権力に基いて為す自創法による土地の買収処分に適用のないことは既に判例の示すところであるから、本件櫨木はその所有権を国に主張しうることは勿論、国の売渡処分により所有権を取得したと称する被告等に対しても主張しうることは当然であると反論し、更に仮に原告の右法律解釈に誤りがあつて、前記の如き公示方法をとつていない本件櫨木は国に対する関係に於て権利の客体となり得ず当然土地の買収処分に随伴してこれと運命を共にするものであるとしても訴外細川に対する熊本県知事の本件買収売渡処分には以下述べるような違法が存在するため右買収売渡処分は全体として無効たらざるを得ないので本件櫨木の所有権は依然原告に属するものというべきである。

(一)  本件土地に対する買収売渡処分は熊本県農地委員会の承認を経ずして為された点に於て形式的な違法がありかゝる違法は当然右処分を無効たらしめるものである、即ち熊本県農地委員会は前記買収売渡処分の為された後ではあるが原告の陳情に基き現地調査の結果昭和二十六年三月一日の委員会で先に為した水俣市農地委員会の買収売渡計画に対する承認を自ら取消し同月十七日その旨市農地委員会長に通知したので結局市農地委員会の樹立した右計画は県農地委員会の承認を得なかつたことに帰し、従つて熊本県知事の為した買収売渡処分は県農地委員会の承認を経ずして為されたことになり当然無効たることを免れない。

(二)  本件土地は農地でも又小作地でもないのに之を小作農地として買収したのは違法である。自創法に於て買収の対象となる「農地」とは「耕作の目的に供される土地」のことであつて「耕作」とは土地に労力を加え肥培管理を行つて作物を栽培することで櫨木の植林は主として製蝋の原料である櫨実を採取することを目的とするもので必ずしも肥培管理を必要としないばかりか本件土地はその空地を耕作の用に供してはおるが元来が櫨木の植林が主で耕作者に許された間作は従であるから右間作の事実あるがために本件土地を農地と為すことはできない。

又本件土地が仮に農地であるとしても同土地は買収の対象となる小作地に該当しない。即ち自創法第二条第二項に規定する小作地とは耕作の業を営む者が賃借権、使用借権その他の権利に基きその業務の目的に供しておる土地を指称するものであるが本件土地売渡の相手方となつた被告等は本件土地を地主である細川より直接賃借又は使用借りしておるものでもなく又地上権者である原告より転借しておるものでもないから同条の小作人に該当しないことは勿論で本件の場合強いて小作人が何人であるかといえばそれは地上権に基き本件土地に植林しておる原告会社ということになるが原告会社の本件土地の使用目的が農耕のためでなく櫨実の採取、櫨木の植栽にあることは明白であるから本件土地が前条にいわゆる小作地に該当しないことは明かで之を不在地主所有の小作農地として買収したのは違法である。

(三)  本件土地の買収処分はその価格算定の基礎となる事実の認定についても重大な誤謬を犯した違法がある即ち本件櫨木が被告等並に参加人主張のとおり立木法による登記又は明認方法を施していないため土地そのものの買収処分に従わざるを得ないとしても、すくなくとも原告と細川との関係に於ては、その所有権が原告に存することは明かである。従つて買収価格の算定に当つては地盤である土地の価格と地上櫨木の価格とを各別に算定して決定すべきであるに拘らず熊本県知事は本件地上に生立する櫨木の所有権が原告と細川との関係に於てすらこれが原告に存するものであることに気ずかなかつたため土地、櫨木の価格を区別せず一括して決定した。そのため土地の対価と櫨木の対価とは之を分割するに由なく細川は買収された土地の価格を又、原告は買収された自己所有の櫨木の価格を何れも知り得ない状態であるのでかかる誤つた価格算定に立つ本件買収処分従つて之に基く売渡処分は当然無効である。

(四)  本件土地の買収売渡処分は自創法第一条の目的精神に反する点に於て違法である抑々自創法の目的とするところは耕作者に地位の安定を与え、労働の成果を公正に享けさせると共に客観的には土地の農業上の利用を増進するものでなければならないのであるが本件の買収はこの何れの精神にも副わない。何となれば本件土地を含めて原告が細川より地上権の設定を受けていた全地域には約十万本以上の櫨木が生立し年産三十万斤以上の櫨実を生産し本件買収当時の価格は年産六百万円乃至九百万円の巨額に達する。さればこそ農林省に於ても本件櫨畑が全国無比の模範櫨林である事実を認め同省山林局長は本件土地が農地として買収されることを恐れ昭和二十二年一月十六日熊本営林局長宛に本件土地が木蝋の原料供給源として極めて大切な資源である旨を指摘して之が農地転換は極力避くべき旨を通達し又熊本県知事は昭和二十一年五月二十八日熊本県櫨樹保護取締規則を発令して櫨木の伐採を禁止した。にも拘らず之を買収し千数名の耕作者に分割して売渡すことは櫨木の育成保存を妨げ櫨実収穫の減少を来すことは必至であるうえに本件櫨地は元来不毛の土地を開拓したもので交通不便の山地に段々畑を形成している関係上施肥にも不便であるところからその大部分は甘藷野菜類を栽培しておる現状では農産物の増産に多くの期待は持てないので土地の綜合的利用という見地からすれば却て損失の面が多いばかりか耕作者がいわゆる木の下作の名義で本件土地を耕作しながらその義務とされるところはただ櫨実の一定数量を採集し之を原告の指定する場所に運搬すれば足り、それ以外何らの小作料を納入する必要もなく而も運搬、その他の労力に対しては対価が又責任額以上の櫨実に対しては報償金が夫々支払われていた買収前の状態に比すれば却つて耕作者自身の経済状態も悪化するというほかはない。このことは自創法の目的とする耕作者の地位の安定に逆行するものであつて本件買収売渡処分は同法の精神に反する逸脱行為であり憲法第二十九条に反する違法処分として当然無効であるといわなければならない。

と、その無効理由を説明した。(立証省略)

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として原告主張事実中熊本県知事が原告主張の日、もと訴外細川護立所有の別紙物件目録記載の土地を不在地主の小作農地と認定し、同地上に生立していた同物件目録記載の櫨木と共に一括してこれを買収し被告等に売渡したこと、従つて右買収処分は自創法第十五条に基く附帯買収ではないからこれが買収価格の算定に当つては土地と櫨木の価格を各別に算定することなく両者を一括してその価格を決定したこと並に原告がその主張のような製蝋業を営む商事会社であること、被告等が本件土地の買収売渡以前から本件土地を耕作し櫨実の採取に当つていたことは何れもこれを認めるがその余の主張事実はすべてこれを争う。

(一)  本件櫨木はもともと、その地盤である土地と共に訴外細川護立の所有であつたところ同訴外人は永年東京都に居住し不在地主であつたところから水俣市農地委員会は、これを不在地主所有の小作農地と認め本件櫨木を土地と一体を為すものとして買収並売渡計画を樹立し訴外熊本県知事は右計画に基き昭和二十三年十二月二日付で之を同訴外人より買収して被告等に売渡し同二十五年四月十四日及び同月二十八日の両度に亘り売渡登記を完了したものであるから右売渡処分により本件櫨木の所有権が土地と共に被告等に移転したことは当然で、本件櫨木は原告会社設立と同時に細川から原告に無償譲渡されたとか又はその後原告が本件土地に対して有する地上権に基き植栽したものであるとの原告の主張は全く事実に反する。以下この点につき詳述する。

(イ)  先ず原告会社の実態がいかなるものであるかを観察するに、原告会社は明治三十年の創立にかかり爾来昭和十七年一月十七日迄の間は資本金十二万円株式総数千二百株の内九百三十株迄は細川の所有名義であつたところからみても原告会社は細川一家の同族会社といわんよりは寧ろ細川家の「身代り」又は「細川家自体」であるとさえ言いうるほどで細川家が原告会社を設立するに至つた動機は全く事業上の便宜と本件櫨畑の管理に利するためであつて、そのことは細川家がその財産管理などのため熊本市に設置してあつた家政支所の「家扶」は原告会社の社長以上の実権を持ち又時としては社長を兼務していたことに徴しても明かといえるので原告会社と細川家とが全く別個独立の人格者であるとなす原告の主張は実状に即しない。

(ロ)  原告会社設立と同時に櫨木全部を細川より無償で譲渡を受けたとの原告の主張には全く合理的根拠がない。原告会社と細川家との関係が実質的には右に述べたとおりであつてみれば敢て本件櫨木の所有権を原告会社に譲渡する必要もなく、又仮に譲渡の必要があつたとすれば必ずや現物出資の形式によるべきで実質的な関係はともかく法律上は別個独立の人格者である原告会社に対し多大な財産的価値を有すると自称する本件櫨木を何ら財産的対価を得ずして無償で贈与するいわれはない。

(ハ)  本件土地につき地上権ありとの原告の主張も亦真実性に乏しい。抑々地上権は簿記学上は固定資産に属し、立木と共に当然会社備付の貸借対照表、財産目録其の他の財務諸表に掲載さるべき筈であるに拘らずその記載のない一事に徴しても原告の右主張がいかに根拠のないものであるかが明かであるばかりでなく、竹木の所有を目的とすると称しながらその期間が僅々三箇年であるということも地上権の常識に反し、且つ終戦後細川家が本件櫨畑を財産税の納税に供しようとした際なども原告会社はこれに反対しなかつたばかりか当時の原告会社社長本田弘一は率先右物納手続のために奔走した事跡さえ認められるのでこれら一連の事実関係は、原告会社が本件土地に対しその主張するような地上権を有していなかつた事実を如実に物語るものといえる。尤も原告会社が細川家に対し「賃借料」と称する金員を若干支払つていた事実はあるかもしれないがそれは細川家が個人事業として製蝋事業を営んでいた当時小作料として収納していた櫨実を、原告会社設立後は会社に於て自由に使用しうるところから細川家に対する損失補償の意味で支払つていたものともいえるし又本件土地に原告会社が自ら植栽した櫨木があるとしてもそれを「権原に基く附合」と解することは実状に遠く寧ろ両者の特殊関係からして、原告は所有の意思をもつてではなく、植栽と同時にその所有権を細川に帰属せしめる意思の下に櫨木の栽培に当つたので、原告会社が植付けた櫨木も亦細川の所有に帰したものと見ることこそ原告会社が専ら細川家の意を体してその事業の遂行にあたつた経緯に徴し当を得たものというべきで、原告会社設立後の細川家、原告会社、耕作農民の三者間の関係を敢て原告主張の如き法律関係に結びつけることこそ実状を無視した反常識的議論といえる。

(二)  被告の右主張が容れられず原告会社設立と同時に当時生立していた櫨木が全部原告会社に無償で譲渡され且つその後原告が植栽した櫨木もその主張する地上権に基くものであつたとしてもなお熊本県知事が右櫨木を土地の構成部分としてこれと一体を為すものとして買収したことに違法はない。

元来立木は未登記の建物と異り本質的には土地の構成部分即ち土地の一部として一個の土地所有権の内容を為すものでこれが立木法による登記又は明認方法を施して始めて土地とは別個の独立の不動産となるものでその関係は未登記の建物が、登記前と雖も敷地とは別個の不動産であることと根本的な相違がある。尤も右の如き公示方法を施していない立木と雖も経済的要求に応ずるため土地とは別個に取引の対象となることは認められてはおるが然しそれはあくまで取引当事者間に於ける債権的効力を生ずるにとどまり第三者との関係に於ては、右の如き公示方法を採るまでは、これを土地と別個の不動産なりとして、その存在を主張することは到底許されないのであつて、このことは民法第百七十七条に規定する不動産物権の得喪変更に関する対抗要件とはおのずからその性質を異にする。何となれば同条に規定する対抗要件の問題は一応不動産としての実態を備える物件の取引上の安全を保護するための規定であつて、登記又は明認方法を施していない立木は未だ独立の不動産と看做されないため、いかなる第三者に対しても従つてその第三者が私法関係に立つ第三者であろうとも又公法関係に基く第三者であろうとも絶対に独立した物件としての存在を主張することはできない。従つて右の如き登記又は明認方法を施してない本件櫨木を、土地所有権と一体を為すものとして之を買収し得ることは当然である。この点に関し民法第百七十七条は国家公権力に基く買収処分に適用がないので本件櫨木の所有権を国及び国から売渡を受けた被告等に対抗し得ると為す原告の主張は本件が同条の適用以前の問題であるということを解しない謬論というほかはない。

(三)  原告は仮に本件櫨木が土地と共に買収しうるものであるとしても本件農地の買収売渡処分自体が無効であるから右無効の処分により本来原告の所有に属する櫨木の所有権が被告等に移転する理由はないと主張するが、本件農地の買収、売渡処分には何ら原告の主張するような無効事由は存しないので原告の右所論にも反対である即ち、

(イ)  熊本県農地委員会が水俣市農地委員会の樹立した買収売渡計画に対し先に為した承認を取消した事実があるか否かは不知であるが、若しかかる事実があるとしても、県農地委員会の承認はそれ自体行政処分ではないので性質上取消が許されないばかりか原告主張の取消が被告等に対する本件土地の売渡登記も完了した後であることはその主張自体によつても明かであるからかかる時期におくれた取消は農地買収の如く一連の手続の連鎖によりその目的とする行政処分の効力の決定する場合は何らの効力も持たない。従つてかかる承認取消により一旦適法に効力の発生した本件買収売渡処分がいささかも影響されないことは勿論といえる。

(ロ)  本件土地は自創法に規定する農地であり且つ小作地に該当する。被告等は別紙物件目録記載の各土地を数十年以前から当時の所有者細川護立との賃貸借契約に基き賃借小作し主として麦、甘藷、菜種類を栽培して農業経営に従事する一方本件土地の畦畔に生立する櫨木を肥培管理したうえ櫨実を採取しそのうち一定量を小作料として細川に納入し残余の櫨実は一定の価格で同人に売却して来たもので原告会社設立後と雖も細川と被告等との右関係には何らの変化はなく原告とその主張の如き無名契約を締結した事実はないので本件土地がいわゆる多角経営的農地であり且つ小作地であることに疑問の余地はない。

(ハ)  本件買収処分にはその価格算定につき原告主張の如き違法はない。

本件土地に生立する櫨木がそれ自体独立の不動産ではなく、土地と一体を為す一個の不動産の一構成部分に過ぎないことは既に述べたとおりであるから熊本県知事が細川より本件土地を買収するに当り土地と櫨木の価格を各別に算定せず両者の価格を合算してその買収価格を決定したことは当然で本来同一不動産である土地と櫨木の価格を各別に決定せよとの原告の主張は理解しがたい。

(ニ)  本件土地の買収売渡処分が自創法第一条の目的精神に反するとの原告の主張にも賛成できない。

元来本件土地の所在する水俣地方は地勢上農地が狭少であるため農民等は寸土と雖も耕地に適する土地はこれを開墾して農地の拡大を図りたい意欲から被告等の祖先が細川家より山地を借受け営々として開墾した結果本件農地の実現を見るに至つたもので櫨の栽培採取の如きは農民にとつては寧ろ迷惑であつたが農地ほしさの故にいわゆる「木下作」の名義を以て櫨実の物納による細川家との封建的小作契約に甘んじていたもので、かかる封建色の濃厚な小作関係を打破し土地を耕作農民に解放することこそ自創法第一条にいわゆる自作農の創設による農村に於ける民主的傾向の促進を図る所以であつて本件土地の買収売渡処分はまさに同条の目的精神に合致するものといえる。

以上いずれの点からしても本件土地の買収売渡処分には原告の主張する無効事由は存在しないのでこれを原因とする原告の主張も亦理由がないと述べた。(立証省略)

被告補助参加人の指定代理人等は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め参加の理由として原告が本訴に於て所有権確認を求める別紙物件目録記載の櫨木は訴外細川護立に対する買収処分により本件土地と共に適法に国の所有に帰属し、次で国は之を被告等に売渡したのであるから本件土地及び地上櫨木は何れも適法に被告等の所有に帰したものである。然るに原告は本訴に於て本件櫨木は右買収売渡処分後も依然として原告の所有であると主張するのであつて若し原告の請求が認容されるに於ては右買収処分の効果が本件櫨木に関する限り否認せらるることとなり、国は売渡の相手方である被告等に対し被告等から支払を受けた売渡対価の一部即ち櫨木の価格に相当する部分を不当利得として返還する義務の生ずる虞れがあり国の法律状態が不利益に変更される危険があるので本件訴訟の結果につき重大な法律上の利害関係をもつものといえるから被告等を補助するため民事訴訟法第六十四条に従い本件参加の申立に及んだと陳述し原告主張の請求原因に対する答弁として被告と同様の事実上の陳述を為し、法律上の見解を述べ且つ被告と同一の証拠を提出し原告の証拠に対し同様の認否を為した。

理由

原告主張事実中熊本県知事が原告主張の日別紙物件目録記載の土地に生立する本件櫨木を訴外細川護立の所有と認め、これを同目録記載の土地と共に一括して買収したうえ、被告等に売渡したこと、原告会社がその主張のような営業目的を以てその主張の頃設立された商事会社であること、並に被告等が原告主張の本件土地を現に耕作し、櫨実の採取を為している事実は当事者間に争はない。

原告は本件櫨木は明治三十年原告会社設立と同時に当時の所有者である細川護立より無償で譲受けたもの又は原告会社が同訴外人との契約により同時に取得した地上権に基き原告自ら植栽したもので総て原告の所有に属するものであるから熊本県知事の前記買収処分により、その所有権を喪失するいわれはないと主張するのに対し被告は右贈与並に地上権取得の事実を否認するので順次検討を加えることとする。

(一)  先ず本件土地と本件土地耕作者との関係を沿革的にみるに成立に争のない甲第六十四号証(別件証人永原邦彦調書)同第七十三号証(別件証人細川護貞調書)によれば本件土地は旧藩当時から細川家の所有に属していた山地を約二百年前に当時の細川藩主がいわゆる手許金を以て製蝋事業を始めるため領民に命じて開墾させて畑地と為しその畦畔に製蝋原料である櫨実採取のための櫨木を植栽せしめた俗に細川所有櫨畑と称せられるものの一部で原告会社設立前の細川当主と本件土地の耕作者等との関係がいわゆる「上納」という形式により櫨実の一定数量を小作料として納付する一種の賃貸借契約により結ばれていたことは想像に難くない。ところで前記甲号各証に成立に争のない甲第七十二号証(別件証人本田弘一調書)を綜合すれば明治三十年当時の細川当主はそれ迄同家の個人経営であつた製蝋事業を会社組織による経営に改めるため、資本金十二万円の原告会社を設立したのであるが株式総数千二百株のうちその七、八割を自ら引受けたほどであつたので、会社設立後と雖も原告会社の実権は細川当主がこれを掌握し原告会社の歴代の社長はすべて細川当主の内示に基き選任されるいわゆる細川当主の身代り社長であつたことはこれを認めるに難くないので、原告会社の設立はそれまでの細川家と耕作人との前記法律関係に何らかの変化をもたらしたであろうか、以下原告会社を加えてのこれら三者間の新な法律関係えの発展経過を考えてみる。

(二)  成立に争のない甲第五十二号証、乙第一乃至十六号証、同第十八乃至二十一号証、同第二十六号証は何れも前記細川所有の櫨畑の木下作証書であつて、同号証が原告会社設立後の細川、原告会社、耕作人三者間の法律関係を解釈する重要な資料であることは疑を容れない。ところで同号証のうち最も作成日附の古いのは原告提出の前記甲第五十二号証の大正二年六月一日附のものであるが右各号証の契約期間が全部三箇年と定められておることに徴しおそらくは原告会社設立後同号証と同一内容の木下作証書が耕作人との間に、三箇年毎に更新作成されて本件買収処分時に至つたものと想像されるところ被告は右乙号証の宛名が「細川護立代理肥後製蝋株式会社社長」とある点を捉え本件木下作証書は原告会社々長が細川家の代理人として耕作人との間に作成したもので契約当事者は細川と耕作人とであると主張する。なるほど右甲号乙号各証の宛名は被告主張のとおり前記甲第五十二号証が「細川護成代理」と又乙号各証がすべて「細川護立代理」となつており単に名宛のみからみれば被告の右主張も首肯できなくはない。然しながらすでに引用した前記各証人尋問調書によつても明かなとおり原告会社々長はいわば細川当主のお声がかりとして就任する細川の身代り社長であつてみれば前記甲第六十四号証に記載された前記永原証人の証言内容にもある如く右木下作証書の宛名に細川当主の文字を表したのは細川家と農民との従来のつながりを象徴するほか他意はなかつたものとみられないこともない。又本件木下作証書の一部(乙第三号証等)には本来櫨畑とは関係のない水田や宅地の含まれているのもあり、本件契約の当事者が原告主張の如く、原告会社と耕作人とであるとすれば櫨木の生立していないこれら水田宅地が契約書中に含まれることは理解に苦しむことではあるが元来本件土地はその貸主が細川であるか、原告会社であるかはしばらくおき、すでに述べたとおりいづれも三年目毎に期間を更新する形式により耕作人等に貸与されていたものと認められるところ、成立に争のない甲第七十九号証(別件の原告会社代表者津田秀秋調書)によれば右更新の過程に於て従来櫨畑であつた土地の一部が水田や宅地に変更された場合でもこれを証書面より除外することなく従前の例に倣いそのまま貸付面積のうちに記載していたものともいえるので、結局前記木下作証書のみによつては、原告会社設立後の前記三者間の法律関係を原被告主張のいづれとも断定することはできない。

(三)  ところで成立に争のない甲第七十九号証により真正に成立したものと認め得る甲第一、二号証によれば明治三十六年八月原告会社は細川家の熊本家政支所よりの照会に基き、本件櫨畑を明治三十七年以降更に三箇年継続借地したき旨並に借地料は従来一箇年二百五十円であつたのを年額百円宛増額に応ずる旨の回答をしておる事実を、又右甲第七十九号証により成立を認め得る甲第三、四号証同第五十五号証の一、二同第五十六乃至五十九号証によれば原告会社は昭和四年以降同七年迄及び同十一年度に於て俗称侍山と称する本件櫨畑に対する借地料として一箇年五百円、昭和二十二年度分として同じく一箇年二万円を「侍山賃貸料」又は「侍山徳金」という名目の下に右家政支所宛に支払つている事実並に原告会社備付の出金票にも右賃料支払の事実が一部掲載されておることが認められるほか右甲第七十九号証により成立を認めうる甲第六乃至十号証、同第十一乃至十三号証同第十四乃至十六号証、同第十八号証乃至三十五号証同第三十六号証、同第五十三号証の一、二、原告会社代表者津田秀秋の供述により成立を認めうる甲第七十五、七十六号証等によれば、原告会社設立以後の本件櫨畑の管理即ち櫨木の植栽、手入、櫨実の収納などは勿論これに関連する諸経費の支払、契約数量以上の櫨実の買上などの諸事業は事実上総て原告会社に於て行つていたことが窺知できる。

(四)  そこで右に認定した諸々の事実関係を基礎としこれに成立に争のない甲第六十三号証(別件証人紫垣進調書)同第六十四号証(同永原邦彦調書)同第六十六号証(同角居関太郎調書)同第七十号証(同松本武義調書)同第七十二号証(同本田弘一調書)同第七十三号証(同細川護貞調書)同第七十九号証(原告代表者津田秀秋調書)並に成立に争のない乙第二十七号証(同牧尾則秋調書)同第三十一号証(同柿本辰彦調書)の各一部原告代表者津田秀秋尋問の結果を綜合すれば原告会社設立と同時に細川は爾後同家に代つて製蝋事業を経営する原告会社の財政的基礎を強固にするため本件櫨畑に生立する櫨木全部の所有権を原告会社に無償譲渡し且つ土地に対する耕作人等との賃貸借契約は一応解除して之を原告会社に賃貸し、爾後本件土地の管理一切を原告会社に委ねたので原告会社は爾来自己の責任と費用を以て櫨木の植栽品種の改良等に努める一方本件土地は引続きこれを従前の耕作人等に転貸し本件櫨実の一定数量を賃料として耕作人等より収納していたことが認められるので原告会社が細川より譲渡を受けた櫨木は勿論その後原告会社が自ら権原に基き植栽した櫨木の所有権がすべて原告会社に存することは当然といえる。尤も耕作人等としては従来製蝋事業が細川家の個人経営であつた当時同家の水俣蔵屋敷に小作料として納入していた櫨実を原告会社設立後はそのまま原告会社出張所としての同所に納入していたことになり原告会社設立の前後を通じ耕作者の地位には何らの変更もなかつたかの如くに見えるかもしれないが、然し原告会社の設立を契機として三者間の関係が法律的にはすくなくとも前叙の如き権利義務の関係に結ばれたとみることが本件に顕われた前記各証拠と三者間の歴史的背景を通し最も事実に合致したものといえる。

(五)  原告は原告会社設立と同時に本件土地に対し櫨木の育成増植の目的で細川より地上権の設定を受け期間は三箇年三年目毎に期間を更新し明治四十年一月中に期間を無期限と定めたと主張しておるが、登記簿又は原告会社備付の商業帳簿に右主張に符合する記載の認められないことに徴し原告の右主張には形式的な裏づけがないばかりか前記永原、本田、細川等各証人の証言調書(甲第六十四号証、同第七十二号証、同第七十三号証)中の右主張に符合する部分は何れも単に原告会社に地上権が存在したというにとどまり何ら具体的な説明がなく原告主張事実を認めさせるほどの心証を惹かずその他原告提出援用に係る全証拠によつても原告会社と訴外細川との間に、原告が主張するような明確かつ強力な地上権が設定されたとの事実はこれを認定することはできない。

原告は又原告会社設立後本件土地の耕作人に許されておるのは単に櫨木の植栽櫨実採取の妨害にならない程度の木下作であつて、之等耕作者と細川との間には直接の賃貸借契約の存在しないことは勿論原告会社との耕作者間にも「又小作」と称する転貸借契約は存在せず一定数量の櫨実の採取納入など労務提供の義務と右木下耕作の権利とが互に対価関係に立つ一種の無名契約が存在するに過ぎないと主張する。而してその根拠とするところは本件櫨木より生産された櫨実は本来原告会社の所有であるからこの一定数量を耕作者が原告会社に納入するのは単に労務の提供であつて「小作料」と称すべきものではないというのであろうが民法が天然果実の所有権を、その元物から分離する時の収取権者に属するものと定め必ずしも元物の所有者に属するものとは規定していない法意に照し、元物の所有者である原告に当然櫨実の所有権が帰属するものと為す原告の主張自体に論理的飛躍があるばかりでなく前記甲七十五、七十六号証(原告会社備付の櫨実収納簿)によれば本件櫨木より生産された櫨実のうち耕作者等は各自定められた一定数量の櫨実を原告会社に納入すれば足り、剰余分は原告会社に於て買上げていた事実が明かであるから本件櫨実の収取権者は原告会社に非ずして耕作人等であつて本件櫨木より生産する櫨実は全部一応耕作者の所得に帰し耕作者は前記木下作証書により約束されている各自の極高(きめだか)を小作料として納入していたと認めるのが相当である。原告主張の無名契約説は本件土地を小作地に非ずといわんがためのものとみえ首肯しがたい。

(六)  被告等は原告主張の地上権並に櫨木の所有権を否認するのであるが地上権については右に述べたとおり当裁判所も之を認定し得ないので、この点に関する被告等の反対主張の当否は批判の必要がないので触れないこととし被告等が本件櫨木についての原告の所有権を否認する根拠につき考えてみる。被告等は先ず原告会社は訴外細川一家と全く一身同体の関係にあるからこれを別個の人格者とみることが既に誤りであるとまえおきし、原告会社が細川に対し賃料名義で納入していた金銭は原告が細川所有の本件櫨木より生産される櫨実を無償で使用するための細川に対する損失補償金であると説き、更に本件土地に原告会社自らの手で植栽した櫨木があるとしてもそれは所有の意思を以てしたものではなく植付けと同時にその所有権を細川に帰属せしめる意思の下に為されたものであるからその所有権は当然細川に存すると結んでおるのであるが、被告等がその証拠として提出した本件木下作証書の記載によつても直ちに被告主張の結論を導き出し得ないことは既に説明したとおりであつてその他被告等提出援用の全証拠によつても右主張事実を認め得ないばかりでなく、細川と原告会社との関係についての被告等の右観察自体が全く経験則に反するものというのほかはない。何となれば元来細川家と原告会社との関係については既に冒頭に説明したとおりであつて、細川家が原告会社の唯一の実権者であるため原告会社社長もいわば細川当主の意思によつて就任する身代り社長であることなども敢て被告等の主張を俟つまでもなくこれを認めうるところではあるが、さればと言つて原告会社設立後の細川と原告会社の関係がすべて被告等の主張するとおりであるとすれば原告会社設立の目的が奈辺にあつたかの了解に苦しむばかりでなく抑々個人企業を会社組織に改める目的そのものが積極的には事業の拡大合理化、消極的には事業の損失を株主個人の財産に波及せしめないことなどにあることは当然で細川一家が従来個人事業として経営して来た本件製蝋事業を会社組織に改めたことも、もとよりこの目的以外のためであつたとは思料されないので原告会社設立と同時に何よりも先づ経理面を分離したであろうことも想像に難くなくこのことは成立に争のない甲第七十九号証(別件の原告会社代表者津田秀秋の供述調書)により成立を認めうる同第五十、第五十一号証、成立に争のない同第七十二号証(前記本田弘一調書)同第七十三号証(前記細川護貞調書)などに徴してもその一端を窺うことができる。

尤も原告会社設立に当り本件櫨木を現物出資したのであればともかく無償で譲渡したこと又若し然りとすれば右櫨木所有の事実が原告会社備付の商業帳簿に記載のないことなどは著しく常識に反するばかりか終戦後細川家が本件櫨畑を財産税の物納に供しようとした時原告会社が何ら之に反対しなかつたことなども原告にその主張するような権利の存しない証左であるとの被告等の主張事実はいささか肯綮にあたるところであるが、原告会社設立の基盤が細川所有の櫨畑に生立する櫨木にあつたことは想像に難くないが細川が原告会社を設立するに当り現物出資の形式によりその所有権を譲渡するか又は会社設立後贈与の形式でその所有権を移転するかはもとより細川の意思によりいかようにも決しうるところで細川自身が原告会社の実権を掌握する以上原告会社に譲渡された本件櫨木の利用処分の方法もすべて細川の意思により決めうるところであるから必ずしもその形式にとらわれる必要もなく、資本金その他の関係を考慮して本件櫨木を原告会社設立後の無償譲渡の形式にしたとしても不思議はない。又櫨木所有権が原告会社の商業帳簿に登載されていないことも事実であるが前記甲第七十二号証として提出されている本田弘一証人の証言調書にもあるごとく会社財産の総てが商業帳簿に掲載されるとも限らないし又本件櫨畑を財産税の物納に供しようとした細川家の措置に対し原告会社が何ら異議を挾まなかつたことは事実としても、それは前記甲第七十三号証(別件証人細川護貞調書)により窺われるとおり若し財産税の物納が実現しても本件櫨畑に対する原告会社の権利確保については原告自身善処するものとの期待の下に当時の細川家並に原告会社としては財産税の物納と原告会社の権利確保とを別個のものと考えていたとも考えられるのでかかる原告会社にとり一応不利に見えるような二、三の事実関係があるからといつて、これを以てすでに認定した原告会社の櫨木所有権を否認する資料と為し得ないことは勿論である。

(七)  被告は仮に本件櫨木が原告主張のように細川より原告会社に無償で譲渡されたもの又は、原告会社が権原に基き植栽したものであるとしても元来立木は未登記の建物と異り本質的には土地の構成部分即ち土地の一部として一個の土地所有権の内容を為すもので、これが立木法による登記又は明認方法を施して始めて独立の不動産となるもので本件櫨木が右の如き公示方法を採用していないことは原告も認めるところであるから原告は単に細川に対する債権的効力として櫨木の所有権移転を求めうるに過ぎず第三者に対する関係に於ては之を独立の不動産なりとしてその所有権を主張することは到底許されず、このことは民法第百七十七条に規定する不動産物権の得喪変更に関する対抗要件とはおのずからその性質を異にする。従つて熊本県知事が本件櫨木を細川所有の土地の構成部分としこれと一体を為すものとして買収し売渡した処分には何らの違法はなく被告等は右売渡処分により本件櫨木の所有権を取得したことになると主張するのでこの点につき更に判断する。

抑々立木法による登記又は明認方法を施してない樹木の集団と雖も土地と別個に取引の対象に供しうることは既に判例の認めるところでこの点についてはもはや疑問の余地はない。被告は右判例の趣旨を解してかかる場合は只取引当事者間に於て右取引の目的となつた樹木を土地から分離して相手方にその所有権を移転するという債権関係が成立し得るだけであつて土地に定着したままの状態では対立当事者間に於ても未だ所有権自体の移転はないと為すものの如くであるが―(若しそうでなく当事者間に於ては所有権自体の移転を認め第三者に対する関係に於ては独立の物権の客体としての所有権を主張し得ないというのであればそれはとりもなおさず対抗要件を主張したことになり、被告の主張自体が崩壊する)―右見解は明に判例の趣旨を誤解したものというのほかはない。元来民法では物権の設定、移転は当事者の意思表示のみによつて効力を生ずるものであるから債権の目的物が特定物である以上第三者の物を債権の目的物とした場合、その他当事者間で所有権留保の特約をした場合でない限り債権契約と同時に所有権移転の物権契約も併存するとみることは当然でたとえ土地に定著したままの樹木であつても当事者間に於てその生立しておる場所的範囲及び数量等を確定して債権契約の目的物となす以上それはまさに不動産の特定した一部の所有権移転を目的とする債権契約であるから単に立木の数量のみを定めて給付の目的物とした種類債権や選択債権の場合と異り何ら「目的物の特定」のための行為を要せず契約成立と同時に当事者間に於ては所有権移転の効力を生ずるものと解するを相当とする。

従つてすでに認定したとおり原告会社設立当時本件土地に生立していた櫨木は原告会社と細川との贈与契約によりその所有権が原告会社に移転したことは当然であり又その後原告会社が自ら植栽した櫨木に至つてはそれが賃借権に基くものである以上、民法第二百四十二条但書の法意に照しその所有権が原告会社に属することは明白であつて只その所有権を第三者に対抗しうるか否かの問題を残すに過ぎず被告がこれを以て対抗問題以前であると為すのは全く法の誤解というのほかはない。

ところで原告が本件櫨木について立木法による登記又は明認方法を施していないことは原告も之を認めるところであり且つ被告等の対抗要件に非ずとの右主張は明かに法の誤解であるから原告は本件櫨木の所有権を国又は国より売渡を受けた被告等に対抗しうるか否かにつき更に判断することとする。

元来自創法に基く農地の買収処分は国家が権力的手段を以て農地の強制買上を行うものであるから対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とはその本質を異にするとの理由で農地の買収処分に民法第百七十七条の適用せられないことはすでに判例により明かとなつたが、本件の如く土地所有者と地上立木の所有者とが異る場合に於て国が土地の登記名義を信じ地上立木も当然土地所有者の所有に属するものとして一括して買収処分を為した場合までも右判例の趣旨を拡張して解釈しうるか否かについてはなお問題の存するところであるが、今次農地改革の如く国民が全く予想しない事態の変化により法が制定せられしかも国が一方的な公権力を以て農地を買収する場合は単に登記名義にのみ依拠することなく、真実の農地所有者から買収すべきもので前記判例の趣旨は本件の如く土地所有者と地上立木の所有者の異る場合にも適用せらるべきものと思われる。従つて本件櫨木の真実の所有者である原告は登記又は明認方法を施しておらないに拘らずその所有権を国及び国から売渡を受けた被告等に対し主張しうるものと解しうるので熊本県知事が本件櫨木を訴外細川の所有であるとして買収処分を為したところでこれによりその所有権が国に帰属するいわれがなく従つて国より売渡を受けた被告等も亦その所有権を取得する道理はない。

従つて本件櫨木の所有権は依然として原告に存するものといえるので原告が被告等に対し各関係部分につき本件櫨木の所有権の確認を求める本訴請求は爾余の原告主張につき判断する迄もなく正当として認容することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 田原潔)

(目録省略)

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